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ケアマネさんとの話し合い

ずいぶん更新を怠っておりました。


この間、次男が心臓のカテーテル手術を受けたり、発達障害の長男の宿題に付き合ったり・・・


両親も落ち着いてはいましたが、父が転倒して怪我をしたり・・・(かすり傷ですみました)


本当に余裕のない毎日でした。


先日やっとケアマネさん・訪問看護師さんとの話ができ、コウノメソッドの医師のところに通えそうです。


今度の火曜日に両親を連れていく予定です。


お目にかかったことはありませんが、何度かメールでのやりとりをする中で、地域医療を支える、志の高い方だとお見受けしています。


ケアマネさんには両親がともに「レビー小体型認知症」の診断を受けたこと、「レビー」の特徴(特に「薬剤過敏性」)、今かかっている神経内科の医師に確かめた「認知症と分かればアリセプト3mgからスタートし、5mg、10mgと増やすやり方」では「レビー」は副作用でひどい状態になってしまうこと、河野先生のところにかかった理由、コウノメソッドの先生に今後主治医になってもらいたいと思っている理由などを1時間ほどかけて説明させていただきました。


これまで実は面と向かって話したことがなく、電話でのみで、なかなか分っていなかったのですが、両親のことを非常に案じてくださっており、両親のために良いことなら精一杯しようとして下さっていることが伝わってきました。


前回のブログではなんだか「敵」のような書き方をしてしまいましたが、訪問看護師の方も「セカンドオピニオン」はいくらでもあることで、納得のいく医療を探すのは家族として当然のこと。こちらとしては「指導書」を書いてさえいただければ、まったく問題ありませんとのことでした。


母は河野先生のご指導で一旦レキップを中止したものの、振戦があまりにひどくなり、それが不穏につながっていましたが、「認知症を学ぶ会」のヒロシ先生のご指導でレキップを再び飲み始め、なんとか落ち着いた生活ができています。


どちらかというと父のほうが認知面でも急激な衰えがあるように思えます。


歩くとどんどん右に偏っていき、「左に左にと思っても修正できず(父談)」溝にはまって転倒してしまいました。


河野先生からは父は「歯車様固縮がない」と言われ、「シチコリン注射」と「サアミオン」と「Newフェルガード(朝・夕)フェルガード100(昼)が処方されました。「足が動きにくかったら来て」とも言われました。「アリセプト」は少し悩んでおられましたが、「しばらくは無しでいこうかな」ということで出ませんでした。


今は母よりも父のほうが表情がなく、あまり話さず、転倒があってからは外に出るのも怖くなったのか、家にひきこもって一日中テレビを見ています。


ケアマネさんも「お父さんがちょっと心配なので、お母さんが調子の悪い時期に中断してしまっていた『リハビリ中心のデイサービス』を再開しましょうか」と言ってくださったほどです。(今週から始めることになっています)


とりあえず、近況報告です。


これからはしっかりと更新していきたいと思います。





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地域医療との軋轢

河野先生に処方していただいたお薬を飲み始めた頃から、「全身が震える」と訴えてくる母。

おそらく

薬の変更への不安(レキップをやめたこと)

ケアマネさん、訪問看護師さんとの軋轢(今までの病院からの変更をさせないようにと言ってこられるようです。)

新しいお医者さん(コウノメソッド実践医)との関係を作って行かなくてはならないことなどへのプレッシャー(もともと両親はこういうことが苦手ですが、認知症状が出始めてから一層顕著になりました)

「今までかかっていたY医師を裏切るような感じで申し訳ない」という罪悪感

などの精神的な面が関係している部分もあると思います。

特に訪問看護師の方は、隣の市の市民病院の婦長をしていた方ということで、かなりプライドも高く、医学に詳しいわけでもない娘の言葉で、「ややこしいことをしようとしている」というイメージを持たれているようです。

先日実家に訪問してこられた時、「薬を飲み間違えたら困るので、私がこのケースに日ごとに分けて入れます。薬を全部出して!」

と言われ、もともと違う病院にケアマネさんや看護師さんに黙ってかかったことに罪悪感を持っていた母はとても動揺してしまったようです。

河野先生に出していただいたものと飲み間違えたら困るということで、以前処方されていた「イーシドパール」や「レキップ」「ドンペリドン」「アムロジン」は違う場所に集めていたそうです。しかし、看護師さんがいらっしゃるので、フォレストクリニックの薬袋に入っていたお薬は隠していたそうです。

看護師さんは薬の内容まですべて把握はされていなかったのですが、フォレストクリニックで処方された「メネシット」がなかったので、看護師さんは(母がパーキンソン病だと思っているので)

「メネシットがないじゃないの。どこ?」

母は観念してフォレストクリニックの袋に入ったメネシットを出したようです。(中身だけ出しても良かったと思うんですが、動揺していたんでしょう)

「なんで、名古屋の病院の薬なの?」

と聞かれ、先日フォレストクリニックに娘たちと行ったことを話したそうです。

そこで「レビー」と診断されたことは言っていないと。

看護師さんはきっと理解できなかったのでしょうね。

なぜ「パーキンソン病」と分かっていて、専門医にかかり、入院して良くなって出てきたのにわざわざ違う病院に変更しようとしているのか・・・。

それは何も説明を受けていなければ当然の反応だとは思います。

「とにかく、Y先生の所に通わないのなら、もう私はここに来れなくなりますから」

などと厳しく言われたそうです。

この一連の出来事で、両親は震えあがってしまいました。

私が事前にケアマネさんや看護師さんにしっかり話しておけばよかったのだと思います。

ケアマネさんには以前書いたように相談したのですが、暗に反対され、また私の次男の心臓の手術を8月半ばに控えているため、それが落ち着いたら出向いてしっかり説明しようとは思っていたのです。

河野先生からご紹介いただいたコウノメソッド実践医は実家からいくと車で30分ほど。3つ隣の市になります。

入院設備はありません。

ケアマネさんはしきりと入院できる場所を確保しておくように言われます。

以前hokehoke先生にアドバイスいただいたように、今後入院するとすれば、肺炎か脳梗塞、骨折の可能性が高いということで、母自身も「レビー」や「パーキンソン症状」で市民病院に入院するのはまっぴらだと思っています。

介護認定や地域の拠点病院等のことについては分からないことが多く、これから勉強して行こうと思っていますが、本当にこのあたりでのトラブルには困ります。

今月末、次男の容体が安定したころにケアマネさん、看護師さんと話そうとは思っていますが、特に看護師さんは相当難しい相手のようです。

しかし、我が家の事情では今後ともケアマネさんたちとはうまくやっていかなければならない立場なので、何とか頑張って少しでも理解を得たいと思います。

やはり「認知症」にひっかかる

心配していたことだけれど、やはり母が「レビー小体型認知症」ということばの中の特に「認知症」にひどくひっかかってしまいました。

まあ、きっとだれでもそうでしょうね。私もやはり改めて診断されると、少々ショックでした。

私の記憶では母は「ぜったいに認知症にはなりたくない」という思いが人一倍強い人で、その方法などが明かされているような(実際はたいした内容ではないのですが)番組は欠かさずチェックしていましたし、脳トレの本、ぬり絵、音読・・・などいいといわれたことはすべて取り入れていたのです。

「パーキンソン病」についても、その病気の方の様子を見ていて、(失礼な話ですが)やはり「なりたくない」と思っていたらしいです。

今から10年ほど前から、母が調子を崩していった頃から、いろいろな診断が出ました。

最初は膠原病の一種の「シェーグレン症候群」

この時はもう大変でした。私がまだ私学の教師をしていた時

「みずきちゃん、お父さんのこと、よろしく頼むわな。さようなら」

なんて電話がかかってきます。実際にいろいろ「準備」もしていたらしい・・・

そう、母は「○○になるなら死んだ方がまし」というタイプなんですよね。

この後、私は仕事を辞めたのでした。

それらの病気にしっかりと向き合って、出来る限りのことをやっていらっしゃる方々には本当に失礼だ、と当時私は自分の親ながら(親だからこそ、かもしれません)情けなく思っていました。

当事者の気持ちを思いやる部分が私にも足りなかった。

それはきっと「親は自分にとって尊敬できる対象であってほしい」という思いが強かったこともあります。

「シェーグレン症候群」が誤診で、その後「あの時死んでたら、ほんま、アホらしかったなあ~」なんて笑って話せるようになった頃、こんどは「パーキンソン病」との診断。

またもや失意のどん底の母。

いろいろ調べて励ますのですが、数か月は聞く耳持たず。

思えば、「シェーグレン症候群」と言われたあたりから、母のレビーは始まっていたのかもしれません。

自律神経の乱れ。これまでの母に見られなかった人格の変化。

当時はすべて病気のせいだと思ったのですが、今から思うと前頭葉症状の表れだったと思えます。

そして、今回。

当日は河野先生の「海馬の委縮が無いから、アルツじゃないね」の言葉が頭に残ったようで、ある面暢気に喜んでいたのですが、その後「典型的なレビー」と言われ、「レビーって何?」と言うので、今後のこともあり、私は観念して説明しました。

認知症にはいろいろなタイプがあること。(母は認知症=アルツハイマー型と思っていました)

レビーの特徴。きちんと正しい診断をしてもらえたら、薬やフェルガードで穏やかに過ごせることなど。

まあ、何とか理解してくれたようで、「みずきちゃんが調べてくれんかったら、えらいことになるとこやったねえ」と明るく言って電話が終了。それでも2時間以上かかりました。

でも、きっと今日はまた何となく不安になっているんだろうな~。

また仕事に行く前に電話を一本入れておこうと思います。


ブログタイトル変更します~フォレストクリニックでの診断~

先日、念願のフォレストクリニックへ行ってきました。

両親も何日も前から楽しみにしていたようです。

当日は私一人の付添では何か行き帰りでのトラブルがあったときの対処ができないため、夫に休みを取ってもらって4人で出かけました。

心配していたトイレのトラブルもなく、大阪から名古屋への行き帰りそれぞれ1度のトイレ休憩ですみました。

車中では不安や緊張から気をそらすため、以前私が送った7~80年代のフォークソングのCDをかけ続けました。

母はもともととても歌の好きだった人で、大きな声で歌っていました。
母の歌声を本当に久しぶりに聞きました。

思っていた以上に高速が混んでいたのと、インターを降りてから少々道に迷いましたが、何とかフォレストクリニックに到着。

予約制なので早く診ていただけました。

あらかじめここ数年の病状をまとめたものを作成し、読んでいただく形をとりました。
(本人たちの前では言いにくいこともあったので)

結果・・・

母は「典型的なレビーやね」とのこと。
父は「少しレビーらしくないところもあるけど、この人もレビーやね」

つまり・・・このブログのタイトル「二人はレビー?」の「?」は見事外されることになったのでした・・・。

長谷川式スケールは父が19点、母が26点。ただし、父は生まれつき多少発達障害(ADHD)の傾向があるように思われるため、答えられない部分もあったようには見受けられました。
(私の長男がそうなのですが、共通点が多い。急な質問に対処できないのも症状の一つ)

CTの結果、父は私が疑っていた「正常圧水頭症」ではないとのこと。
二人とも海馬の委縮はないが、前頭葉の委縮が見られる(父は中等度。母は軽度)
特に母はレビースコアが高いこと。

父には歯車様固縮はみられないが、母にはあること。
二人とも寝言等があることが決め手だともおっしゃっていました。

父の吃音はレビーの典型的な症状とのことでした。

結果、お薬は

父・・・神経内科で出されていた薬はすべて中止(もともと効果は感じられていなかった)
  アリセプトはまだ使わない。(Newフェルガードが飲めているので)
  サアミオン5mgを朝1錠
  その場でシチコリン静注1000mg(姿勢や表情が良くなり、今日きくと「すり足がなくなっている」とのこと)
  Newフェルガード朝・夕 各1包 フェルガード100M 昼1包

母・・・レキップやめる(ヒロシ先生がおっしゃっていたように「これはやめて!」と大きくバツ印をつけられました。
  ドンペリドンやめる(レキップの副作用である「吐き気」をおさえる薬。ふるえが起こるそうです。ただし、母は吐き気がおさまっていたので勝手に飲んでいなかったそうです)
  「イーシドパール」を「メネシット」へ。朝昼夕各1錠。
  高血圧(?)で飲んでいた「アムロジン」を「アルマール」に変更。
  「パキシル」を「ジェイゾロフト」に変更。
  その他の「ソラナックス」(抗不安薬・頓服)セロクエル(寝る前)は継続
  Newフェルガード(朝昼夕各1包)少し長めに起きている時はフェルガード100をあと1包。

となりました。

昨日は長男の高校入試説明会で1日中出ていたのですが、そこへ母から電話。
「体中が今までにないほど震えている」とのこと。

本人が考えるところの原因
「レキップ」を突然中止したからではないか?(以前の市民病院からのお薬手帳には中止しないよう書いてある、と)
数日前から洗濯機が壊れ、新しいのを購入したが動かない。電気屋さんにみてもらって使えるようになったが、洗濯物がたまってくるので不安を感じていたからか?
薬を変えたことによって、何か良くないことが起こるのではという不安があるからかも。(私の指摘にそうかもしれないと言っていました。常にこういう性格です)


「レキップはお母さんの症状には全く合わない薬だから、やめたほうが良くなるはず。ドンペリドンはもともと飲んでいなかったんだから、変更じゃないでしょ。アムロジンをアルマールにしたのも大きな変更じゃないし、パキシルをジェイゾロフトにしたのもね。イーシドパールはメネシットに変えて、パーキンソンには備えてるし。
結局変わったのはレキップをやめた、ってことだけ。合わない薬をやめただけだから、大丈夫」

帰りの車でもこの説明は10回くらいしましたが、こういうところがレビー的なのかもしれません。
FAXでも解説して送っておきました。

父の方が大きな変更でしたが、こちらは調子がいいようです。(シチコリン注射の効果か?)

昨日はパチンコにも出かけたそうです。

何はともあれ、きちんとした診断・処方をしていただけたことで、すっきりしました。

ただ、両親2人ともがレビー小体型認知症という厳しい現実には、やはりショックではありました。

これから本腰入れてレビーについて学んでいきたいと思います。







  

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みずき

Author:みずき
高3・高1の息子を持つ、ワーキングマザーです。
レビー小体型認知症と診断された離れて暮らす両親を妹とともに見守っています。
両親は現在実家の近くのグループホームで暮らしています。

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