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やっぱりNewフェルガード

一昨日、母から電話がありました。

「気がついたらフェルガードがもうほとんどないから、注文して!」

きけば、Newの方はもうなくなっていて、100があと1日分くらいしかないとのこと。

私の在庫確認も甘かったな~。

土日は受け付けも発送もお休みしているネットショップなので、早くとも月曜日発送。
届くのは早くとも火曜日でしょう。

せっかく元気にやれていたのが、ここで崩れてしまっては大変です。

母も火曜日には入院していた市民病院の初めての健診日。

Newフェルガードがなくなって、フェルガード100にしたら、とたんに動きが悪くなったらしい。

やはり母の好調の支えになっているのはガーデンアンゼリカの方みたいです。

我が家にはレビー予備軍の私の予防用フェルガード100があと28本ほどあり、せめてそれをと車を飛ばして持って行きました。

これからは多めに定期購入しておこうということになりました。

父の方は少しパーキンソン症状が悪化しています。

特に気になるのが表情、姿勢、がに股のすり足です。排尿障害は少しよくなってきているようですが・・・。
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退院から1週間

先週の土曜日、母は退院しました。
ちょうど介護のための大掛かりなリフォームの引き渡し日。

何とかベッドも間に合い、午前中に父を妹のマンションからリフォームの終わった実家に連れて行き、妹と二人で母を引き取りに行きました。

土曜日ということもあったのか、Y医師も看護師さんもほとんどいらっしゃらず、これといった話は何も聞けず。
今後の方針も特に何もないのでしょうね・・・。

入院前の母は、肛門痛の後遺症(?)の痒みと頻尿に悩まされ、ほとんど眠れず、そのためもあってパーキンソン病の薬も効きませんでした。

そのため、メネシットを朝昼晩各1錠だったのを、0.5錠ずつ間に飲み、そのうち1錠を間に飲み、それでも追い付かず・・・

メネシットが1日5錠を超えたあたりから幻視が出始めました。

河野先生の所に早く連れて行きたくても、このままでは無理だし、何より一番の介護者であった父がもたないと判断し入院させましたが、入院後から母の具合はどんどん悪くなっていきました。

「このままでは確実に寝たきりになってしまう」

焦った私はこのブログや「認知症を学ぶ会」の掲示板でNEWフェルガードを飲ませることについて疑問をぶつけました。

このブログではhokehoke先生、認知症を学ぶ会ではヒロシ先生(お二人は同一人物でした!)が、明確な方針を出して下さり、そのおかげで私は自信を持ってこれまでのフェルガード100(これもおそらくちゃんとは飲めていなかったと思われます)からNewフェルガードに変更し、母の様子を見ながら病院に行く人ごとにお願いして、病院には内緒で飲ませました。

病院では結局大した処置はしてもらえず、医師もお忙しいのでしょうけれど、一日のうち5分ほど診に来られて(たまたまオンの調子のいい時間が多かったそうです)「元気そうじゃない。」と言われるだけで、本当に辛い時間には全く来ては下さらなかったようです。

入院してからは不安からか非常に依存心が強い時期が続きました。これは当然と言えば当然だったのですが、Newフェルガードを飲んで1週間ほどたった頃から、こちらのことを少し配慮してくれるようになりました。

「今忙しいんじゃない?」とか「こんなことで電話して悪いね」など。

その前には私の仕事中でも、明け方でも、自分が辛ければおかまいなしに電話がかかっていましたし、その時には「どんな時でも自分に対応してくれて当然」というような雰囲気が言葉の端々に感じられました。

また、看護師さんや私たちの対応にも不満だらけという感じでした。

それが、どんどん穏やかになり、昔の母のような気遣いが感じられたのには感動しました。

hokehoke先生が書いて下さったように、パーキンソン症状にもとても効果があるようで、随分足の動きも良くなり、姿勢もしゃんとしてきました。

Newフェルガードを飲み始めて1か月ほどたった頃からは、オフの時間(震顫)はあるものの、以前のようなオフに伴う全身の痛みなどはなくなり、自分でもその状態を冷静に捉えられるようになりました。

退院してからは、夕方(夕食前)に少し身体の動きが悪くなるくらいで、この時も早めに(昼食後4時間たったくらいで)Newフェルガードを飲むことで解決できると思います。

今、母に一日の身体の状態をメモするように言っています。(そういうこともできるくらいの状態です)

それで、夕方のオフがうまく乗り切れたら、涼しい時間の散歩や夕食の支度(今は週3回ヘルパーさんにお願いしています)もできるようになるかも・・・。

嚥下障害もすっかりなくなりました。

フェルガード類のいいところは、興奮さえなければ、他の困った副作用がないこと。

また、薬の場合はだんだん効かなくなって量を増やさざるを得ないけれど、フェルガード類なら長く飲み続けるほどしっかりと効くようになること(私の実感です)です。

本当にあのタイミングでNewフェルガードを飲ませていなければどうなっていただろうと思います。

今はすっかり明るくなり、はりきって家の中の片付けまでしている母を見て、感謝の気持ちでいっぱいです。



コウノメソッドと地域医療

先日妹から電話がありました。

退院をあと数日に控え、ケアマネさんが母の病院に顔を出して下さいました。

ケアマネさんに「8月初めに河野先生の所にうかがうこと。できればその後はコウノメソッド実践医のところにかかりたいと思っていること」を妹が話したようなのですが、ケアマネさんから反対されたと。

端的に言うと「地域の医療機関を敵に回すと、いざという時に困る」ということ。
介護保険やサービスの申請時に記入してもらう「主治医」は地域の先生がいい、との理由からです。

「今後、もう2度と入院しない、とは言い切れません。今はどこもベッドが空いていない状況ですから、市民病院でもその市の患者すら引き受けられない状況です。今回のY先生をけって、違う先生にかかるとなると、もう今後市民病院での受け入れはかなわないでしょう。ましてや他市の病院での受け入れはもっと困難なのは間違いありません。救急で行くときも、市民病院での受け入れを拒否されることすら起こるかもしれません」

確かにケアマネさんのおっしゃることには一理あります。

そのような医療現場、介護現場であること自体、残念なことなのですが、実態はそうなのでしょうね。

母は自分の体調に今は全く自信がありません。

Newフェルガードのおかげ(と私も母も思っていますが)入院前のあの意識が朦朧としてあちこちが痛い痛いと言ったり、幻視があったりという状況はなくなったのですが、オフ時の震顫はひどいですし、レキップの副作用かめまいと目のかすみ等もあり、いつ転んで骨折・・・ともなりかねません。

床はオールフラットにし、万が一転んでも少しでも衝撃が少ないようなタイプの床材を使いました。

それでも、いざという時に入院できる病院がないというのはやはり怖い。

母や妹とも話し合った結果、それでもとにかく河野先生には一度診ていただこうと思っています。

その上で、診断が現在の「パーキンソン病」とあまりにもかけ離れたものであれば・・・(私はレビーだと思っているのですが。父は正常圧水頭症の可能性も考えています)その時にまた考えていきたいと思います。

母の場合、「もしパーキンソン症状の強いレビー」である場合は、「コウノメソッド」の「モンキーチャート」によれば、メネシットとペルマックス、(サアミオン)、Newフェルガードとなっています。

今ならメマリーも処方の可能性があるのでしょうか。

現在の処方と大きく違うのはレキップを使っている点です。意識は比較的はっきりしていますし、以前のような「うつ症状」も今はほとんど感じられなくなっています。

震顫はあっても、以前のような体中の痛みはなくなったようで、「痛い、何とかして」「先生どうなってるのか訊いて」などの電話が減りましたし、表情や口調も2月ごろの調子のよかった頃の母に戻りつつあります。(一日の中での変動はやはりありますが)

オンの時間帯にはリハビリでかなりの距離を歩けるようにはなったようです。

ただ、オフ時には食事やトイレなどの介助は必要です。また、オフは時間が一定しておらず、いつ来るか分からないということで、外に出るには不安が大きい・・・と。

家(マンション)のリフォームの引き渡しが17日なのですが、その際に介護ベッド(今までは和室に布団だった)を入れてもらうことになっています。

母はこの入院中の6週間がレキップを身体に慣れさせるための期間だったため、その間の苦しい時期をやっと乗り越えて今のようになれたのに、また薬を変えるのか、という不安があるようです。

ましてやそれによって調子が悪くなったら、もう市民病院には受け入れてもらえない、そう言われると不安でしょ
う。家族も同じです。

近所にはコウノメソッド実践医はいらっしゃらず、車で30分ほどの他市になります。

今のY医師に薬の変更をお願いするのはかなり困難ですが、何とか少しずつでもお願いするか、家で薬の調節をしていかざるをえないのかなと思っています。

希望を捨てず、まずはフォレストクリニックに向けて、諸条件を整えていきたいと思います。








やっと納得?

ここのところ土日は実家か病院だったのですが、今日は少し家でゆっくりさせてもらいました。

父は実家マンションの介護リフォームのため、日曜以来妹のところで暮らしていますので、少し安心です。

息子たちのテストも終わったことだし、息子たちなりに母親の関心が祖父母の方にいっていることも感じているようで、少し申し訳なくも思い、久しぶりに外食することにしました。

その途中で・・・またもや母からの電話。

入院してからは特に寂しいこともあると思いますが、母からの電話の数がすごいです。

また、一回の通話が軽く1時間を超えます。

時々看護師さんがいらっしゃって一時中断・・・再開なんてしょっちゅう。

今日の内容はまたもやなんで(なんのために)ワタシ入院したん?。です。

もう、何度も何度も、何度もなんども・・・説明していますが、ここは我慢・・・

本日6月分の入院費の請求がきたようで、母は入院前の自分の「調子の悪かった時」のことをほとんどすっかり忘れてしまっていて、ほんのたま~にあった奇跡のONの時のこと(近所を散歩で一周した、とか、一瞬買おうかと思ったマンションまで歩いて見に行った、とか)のみを覚えているのです。

今の自分と比較すると、その頃の方がずっと良かったと。

7月18日までの入院だと、ざっと50万円はかかるが、それに見合う成果は感じられない、と。

で、何十回目かはもう分かりませんが、3月以来の壮絶だった日々を事細かに説明し、もうあれ以上家で投薬治療を続けていたら、父も母も共倒れになっていたことなどを話しました。

その段階でやっと「そんなにひどかったん?それなら、今はその頃からしたらずっとマシになってるなあ。やっぱり入院した意味はあったんやな~」ということになりました。

また明日になったら「なんでワタシ・・・」の話があったらどうしよう・・・。

とりあえず、8月2日のフォレストクリニック行きを目指し、母の体調を良くすることと、リハビリに努めます

厄介な患者

母の退院が決まったそうです。
というより、「7月18日には出て下さい」という感じのいい方をされたようです

それから「退院後にはH先生の所に通われるでしょ」と現在の主治医のY先生にあっさりと言われたとか。

もともと父と母がかかっていた神経内科のある病院自体は隣り合っていて、H先生はその市民病院から独立された形でした。

父は個人病院の泌尿器科でトラブル(カテーテルから細菌が入り、意識不明になった)があり、救急で市民病院に運ばれ、そこから歩行がおかしくなり、一気にすり足になってしまい、そのことを泌尿器科の先生に訴えると病院内の神経内科に回されたのでした。

私はあまりにも急激な父の変化に「正常圧水頭症」を疑い(がに股のすり足、頻尿、尿失禁)他の脳神経外科に連れて行きました。

そこで記入した問診票で脳外科ではなく神経内科に回され、「正常圧水頭症かどうかを調べてほしい」と訴えたのですが神経内科の先生に「特に頭をけがしたとか、脳梗塞とかあったわけじゃないんでしょ。これは典型的なパーキンソンの症状ですよ」と言われ、その後は救急時に搬送された市民病院の神経内科(Y先生の所)に通うようになったのでした。

夫婦で違う病院に通うのは時間と労力のロスだということで、今回市民病院を紹介されたのに、そこのY先生はまたH先生の病院に戻れと言われたのです。

まあ、どちらにしろ退院後8月2日に名古屋のフォレストクリニックに連れていってからは、コウノメソッド実践医の先生にお世話になるつもりなのでいいんですが、母はきっとY先生にとって「厄介な患者」だったんでしょうね。

何となくわかるような気がします

先日どうもレキップを増量されたようで、Y先生についている担当の若い男性医師に「吐き気は大丈夫ですか?」と訊かれたそうです。

実際にひどい吐き気に襲われていた母は「急に脳の病気になったのかと思った」(母の兄は脳腫瘍のため20代で亡くなっています)と言っていました。

目のかすみは目が悪くなったのかと思い、院内の眼科に連れて行ってほしいと男性医師に言うと、「混んでいるので退院後にしてください」と言われたと。調べると「目のかすみ」もレキップの副作用にあります。

増量するなら、本人に「こういう副作用の可能性があるから、こういう症状が出たら言ってください」と説明してほしいものです。確かに認知面での問題はでてきていますから、せめて私には連絡が欲しい。(入院時にいろいろ書かされた書類の中に「病状等の説明をする場合の連絡先」には私の携帯番号を書いておきました)

ひょっとしたら、母には事前に説明があったのかもしれません。

しかし、入院後とみに記憶力が落ちています。面倒でも家族に一言言ってくれたら、何度でも繰り返し説明するのにな・・・と少し残念に思いました
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みずき

Author:みずき
高3・高1の息子を持つ、ワーキングマザーです。
レビー小体型認知症と診断された離れて暮らす両親を妹とともに見守っています。
両親は現在実家の近くのグループホームで暮らしています。

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