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虫垂炎の痛みを感じなかった母

グループホームに入ってから、深夜や明け方の妹の呼び出しはさすがになくなりました。

しかし、入所してわずか2日で発熱、炎症反応のため入院。虫垂炎でした。緊急手術です。

以前からhokehoke先生がよく書いてくださっていましたが、本来痛いはずの場所の痛みを感じない、というのがまさにそうでした。

母の虫垂はほとんど腐っていて、あと少し遅ければ癒着を起こして腹膜炎になるところだったそうです。

おそらく精神科に入院していたころから炎症を起こしていたはずでしたが、当時は相変わらず会陰部の痛みしか訴えませんでした。

当時まだトラムセットとリリカを飲んでいて、それらの痛み止めが虫垂炎に作用していたのか・・・?

その後、一度実践医T先生のところに相談に行った時、「こういう炎症は体中に影響がありますから、それが取り除かれてから3~4か月で、何かいい変化があるかもしれませんね」と言われました。

確かに・・・手術直後はこれまでで一番陽性反応がきつかったです。看護師さんを怒らせ、それをまた逆恨みするという、わが親ながら怖くなるほどでした。

今から思えば、炎症を起こしたことで、体中に「毒」がまわり、脳の酸化→脳の神経伝達物質の異常を引き起こしていたのかもしれません。

このままではホームで預かってはもらえないという心配があり、グループホームの所長の反対を押し切って(ホームの往診医に診てもらうべきという考えでした)実践医に処方を書いてもらい、ウィンタミンでやっと落ち着きました。

それでも3か月ほどは体幹傾斜やよだれ、ろれつがまわらないなどの副作用が強く出ていましたが、お正月明けてからは人が変ったように穏やかになりました。

ウィンタミンの量は一時期朝25mg,夕25mgでしたが、夕方の分は今は無くしています。

痛みは相変わらずあるようで、それはパーキンソン症状の固縮が出てきた時と一致しています。

かといって抗パーキンソン薬は増やしたくない。

母の訴えでは、おそらく痛がっている部分が「こむらがえり」のような感じになっています。

グルタチオン注射が打てたら、きっといい影響があるのは間違いありません。

母も試してみたがっていますので、もう少し状態が良くなれば、実践医のところに連れて行き、その効果をもってグループホームの所長や往診医を説得したいと思っています。
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主治医と話す

金曜日、朝から実家に行くつもりで仕事を休みました。3月までに消化すべきお休みがあと4日残っていたので、別にかまわなかったのですが、さあ家を出ようかと思った8時過ぎに母から電話。

「今日、来てくれるの?今調子がいいから、別に無理せんでもいいよ」

「仕事、もう休んだし、いいよ。それに新しい主治医の先生とちょっと話したいし」

「来てくれたら嬉しいけど、お医者さん来はるの、午後からやと思うよ。ゆっくり来てくれたらいいから」

おそらく早く来られても間が持たないと思ってるんだろう。

それに私の分の昼食のことも気にしているのかもしれない。

「サービスエリアで柿の葉寿司と鯖寿司買っていこうか?」というと、案の定

「ああ、それは嬉しいわ。いいの?」と乗ってきました。

私はどうしても説教じみたものの言い方をしてしまうので、母にとっては煙たい存在。

でも、お気に入りのお寿司には勝てなかったんでしょうね(笑)

妹に電話をしてもらい、寝る前のセロクエル2錠の許可を得たので飲ませたら、昨夜は朝まで眠れたらしいです。

電話の声も、昔の母と同じ。張りのある大きな声。調子の悪い時はろれつも回らず、小さな声しか出ません。

高速のサービスエリアで約束のお寿司を買って、車を飛ばしている時、父から電話。

「先生が今日は今から来るって言ってはるけど、今どこや?もう着きそうか?」

「まだしばらくは無理。一応先生あてのお手紙を書いてきたから、それを後で病院に持って行くから。大丈夫よ」

二人ともとにかくちょっとしたことでパニックになるので、この「大丈夫」という言葉は大切。

でも本当はちょっと焦りました。

何としても今日は主治医とお話しして、なんとか処方を一部変えてもらわなければと思っていましたから。

急いで実家に到着すると、まだ先生がおられました。

良かった~。

先生は母のベッドに座って、お薬について丁寧に説明してくださっているようでした。

母はまたいつもの調子の悪い時の状態に。

おそらくは緊張と、難しい話をされたことによる動揺が引き金になっているのでしょう。

先生に処方を変えてからの母の症状を話しました。もちろん、母の精神面や気温や気圧も関係していることも。

ただ、寝る前のセロクエルはなくさないでほしいこと。

リリカはできればやめないでほしいこと。やめるにしても、1錠ずつ減らしてほしいこと。(前日の不安があまりにも強く、一時たりとも妹が離れるのをいやがったことも伝えました)

3月半ばまでは妹の仕事の関係で休みが取れないので、可能なら大幅な減薬は3月半ば以降にしてほしいことを伝えました。

先生からは、セロクエルはむしろ増やしたいと考えているとのこと。就寝前2錠は見落としだったとのこと。あわてておられました。

また、リリカはサインバルタと作用がかぶっているため、なくそうと思っていたと。

それならば、リリカを飲み始めてからいい傾向が見られるので、サインバルタよりもリリカを優先してもらえないかとお願いしてみました。

先生は誠実な態度で「もう一度全体を見直してみます。セロクエルの寝る前の分と、リリカは追加処方をします」と言ってくださいました。

初めてお話しした先生でしたが、いろいろ考えてくださった上での変更だというのはわかったし、こちらの話も嫌がらず聞いてくださったこと、自分のミスを認め、柔軟に対応してくださったことを嬉しく思いました。

母も丁寧に対応してくださる先生の様子を見て「いい先生やね。安心したわ」と喜んでいました。

医師と看護師さんが帰られて、お寿司を食べているころから、また調子が戻ってきました。

まだすっきりという感じではなかったので、全身のマッサージや足裏のつぼ押しなどをしていると「ああ、気持ちいいわ。ありがとう。お母さんはあんたらがおらんかったら、もう死んでるわ」なんて言っていました。

身体がずいぶんほぐれて、いろいろな雑談が飛び出したころ、父の訪問看護師さんが到着。

「お風呂の水入れるの忘れとったわ。」

と言ったかと思うとトイレに。

トイレから出たとたん、また調子が悪くなりました。

父をお風呂に入れてくださるのに、事前にお風呂に水を入れてなかった、という動揺で、とたんに調子が悪くなるのです。

そのうち、夕食のヘルパーさんが来られて、看護師さんが入れ違いに帰られても調子の悪さは継続。

母がいうには、あれだけ妹が離れると大騒ぎをしていたのに「○○(妹)が帰った頃から急に調子が良くなってね。」と、「父以外の誰もいないほうが調子がいい」という感じ。

確かに母は家に人が来るのは好きではないし、必要以上に気を使うから、それが精神的に良くないのだと思います。

かといって、ヘルパーさんや往診のお医者さんや、看護師さんが来てくださらないと今の生活は成り立たない。

なかなか難しいところです。

何はともあれ、処方を変えてもらえて良かったです。

急激な悪化

案の定、昨日以来母の症状は急激に悪化してしまいました。

ただ、この要因が処方の変化のみであるとは思いません。

やはりこの寒さ。そして処方が大きく変わることへの不安な精神状態も大きく関係しているでしょう。

それは、処方が変化する前からすでに痛みを訴えていたことでもわかります。

もちろん、この処方の変化への危惧は、こういう母ですから、本人の前では悟られないように努力したつもりです。

それでも何となく伝わってしまったのかもしれません。

このあたりがレビー患者の鋭いところです。

短期記憶が落ちても、周囲の会話の中に自分に関することが無いかなどに聞き耳をたてており、それはそれはよくわかっています。

少しでも否定的なニュアンスが感じられると、不穏につながります。

往診の時間帯は、妹も実習中、私も仕事の日で、先生と看護師さんのみで来られます。

自分の症状を上手く伝えるのはできません。客観視や相対的な見方ができないので「毎日痛い。日に日に痛くなっている」と訴えます。

一番ひどい時は全く一歩も動けず、尿や便もリハパンの中で立ったまま。

脂汗をかいて、言葉を発することもできませんでした。

しかし最近は「今までで最高に痛い。」と言いつつも、「ヘルパーさんにお茶出したげて」「お父さん、そろそろお風呂の準備したほうがいいんちゃうの」なんて、指示もできました。

便がすべて出ると「正気に戻った」ようになるのですが、最近それがスムーズになっていました。

しかし、昨日の母は以前の最悪だった時の症状に戻ってしまいました。

そして半年振りくらいの明け方の父からの電話。

覚悟はしていたけど「きたか・・・」という感じ。

「お母さんがお別れ言いたいって。聞いたって」

父も毎度のことなのにまたオロオロ、ハアハアしています。

電話を代わると

「みずきちゃん、いろいろありがとうな。M(私の夫)さんにもよろしく」

しっかりした声で話しています。

結局近所の妹が呼び出され、便がほどなくして出てからは落ち着いているそうです。

父の前立腺の病院行きもキャンセル。

妹はヘルパー実習があるので私が仕事を休んで行こうかと言うと、妹にいてほしい、と。

ハイハイ・・・。昔からの妹びいき。今さら傷つきもしません。

認知が落ちたら真っ先に「あんた誰?」と言われることも覚悟していますよ

で、結局妹は実習をキャンセル。

でも、こういうことを続けるわけにもいきません。

ヘルパーの制度もこの3月までに資格をとりきれないと、何か変更になるらしいし・・・。

この処方をしてくれた新しい先生に、何ていったら機嫌を損ねず、処方をもどしてもらえるだろうか・・・。

考えた挙句、ワードでこれまでの薬に関する経緯をまとめ、後半に「お願い」を書いたものを実家にファックスしました。

前医(コウノメソッド実践医のT医師)もこの処方については「多すぎる」と感じていた。そのため、何度も減薬を試みたけれど、焦燥感が増したり、痛みがおさまらなかったり、震せんが激しくなったり、夜眠れなかったり、1時・2時に目が覚めて父を起こしたり・・・と・・・。

結局今の処方に戻ってきたのでした。

もう少し調子がいい日が続けば、またチャレンジしようと思っていたのです。

しかし、薬を減らせると思えるほど容態は安定せず。

ですから、もう少し暖かくなって、妹のヘルパー実習が終わるまで、減薬を待っていただけないか、という内容です。

本人の辛さももちろんですし、周囲も振り回されてヘトヘトです。

特に父は母の症状が悪くなると、覿面に悪化します。

シングルマザーの妹も、働かなければやっていけません。

先生が気を悪くされずに、減薬を待ってくださればと願っています。

今は落ち着いているようですが、明日、妹はどうしても実習を休めないので、私に来てもらってほしいと。

一応有給はまだ残っていますので、休みを取って実家に行こうと思っています。



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みずき

Author:みずき
高3・高1の息子を持つ、ワーキングマザーです。
レビー小体型認知症と診断された離れて暮らす両親を妹とともに見守っています。
両親は現在実家の近くのグループホームで暮らしています。

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