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父の近況

前回の記事から前回の記事から約3カ月が過ぎました。

父は6月の記事当時入院していた病院から、住まいとグループホームのあるA市の市立病院に移りました。
6月末に2回の圧迫骨折の傷みがひどいため、手術をしてもらうための転院でした。

幸い手術は成功し、今は痛みはありませんが、一番困ったのが食欲がなくなってしまったことでした。

もともと大食漢で、そのために糖尿病を患っていたくらいの父、グループホームの食事は当然毎食完食し、その上妹にこっそり差し入れを頼むほどでした。

その父が、3月半ばの骨折以来、食欲をほとんどなくしてしまったのです。

最初は痛みのため、食事どころではないという感じでした。

しかし、最初に入った病院で、「フォルテオ」という注射を処方され、そのせいかどうかはわからないのですが(この病院では「固定」されていただけだったので、痛みはそのまま過ごしていたので)食欲はますます落ちました。

ほとんど体を動かすこともなく、一日寝たり起きたり、リハビリもほとんどできませんでしたから、当然と言えば当然なのですが、とにかくゲッソリ痩せてしまいました。

転院、手術をして、痛みが治まれば食欲も出るかと期待しましたが、その部分だけは変わらず。

180センチ以上ある長身の父ですが、体重は55キロをわってしまいました。

血圧も低いため、リハビリもままならず、もともと点滴嫌いの父が24時間点滴を受け、針を刺す場所もなくなってきていました。

きらきら組で胃ろうをされて回復し、口からも栄養がしっかりとれるようになった方のお話をしばしばうかがっていましたので、看護師さんにも相談してみました。

胃ろうも視野に入れつつ、鼻腔栄養をまず始めてみようとのことで、今に至っています。

チューブが苦痛だろうと思っていましたが、何とか慣れたようで、始める前と比べると顔つきが変わりました。栄養がとれてきたせいか、起立性低血圧もおさまり、リハビリも少しずつできるようになりました。

しかし、まだまだ「太る」まではいかず、血流低下からか、目が見えにくい、耳が聞こえにくい(もともと耳は遠いほうでしたが)言葉が出にくい(どもる)などはあります。

病院の先生、看護師さんたち、作業療法士さんたちは、本当によくしてくださっています。

「なんでもよいと思えることはやりますので、おっしゃって下さい」と言って、こちらがお願いするとチームでその方向に向かって動いてくださっています。

ただ、「グルタチオン」だけはうってくださらなかったのですが・・・
かなりいろいろ説明させていただいたんですけれどね。

地域連携室の方とも話しながら、なんとか口だけで栄養がとれるところまでもっていくか、それが無理なら胃ろうにするかを考えていこうと思います。(次の施設への入所のために)

前回の記事に書いたグループホームの施設長は自分たちの責任を全く感じていないようで、「病院からこちらに戻されたとき、何故?と思っていた。最初にかかった病院が入院させなかったという判断ミスのため」と。

もうこの段階で「ここには怖くて置いておけない」と思いました。

確かに病院側に入院という判断をしてもらうべきだったとは思いますが、それを疑問に思ったなら、なぜその場で医師に尋ねなかったのか(提携病院だとやたら強調していました)、また、戻ってからの介護上の注意事項など確認しなかったのか。

グループホームの往診医は内科専門ですし、専門外の分野のことには一切関わろうとはなさらない方です。

施設長はこの「往診医の先生がこのままでは寝たきりになるとおっしゃっていたから」と無理に動かしていましたが、私たちは何度かこの往診医と接して、整形外科に関わる父の症状にこのような判断や指示をする人ではないと思っています。
(この線引きが非常にクリアな人なので)

となると、整形外科の医師に何の問い合わせもせず、勝手に往診医の言葉と偽って、自分たちの介護の負担を軽くするために骨折している人を無理に動かしていた・・・と考えざるを得ないのです。

募集の際には要介護5まで預かる、看取りも行う、などの話で、両親も安心していたのですが、実態とは違いすぎです。

実際、どんどん利用者さんは減ってきており、今は半分ほどしかうまっていません。

ただ介護士さんたちはとてもいい方たちで、母のこともよく理解してくださり、母は非常に安定しています。

また、今残っている方々は皆さん穏やかな方ばかりで、人数も少ないため、手厚く世話をしていただいています。

ただ、父はおそらくここで暮らせるようにはならないだろうと思っています。

そこで、父については新しい施設を探しています。両親をともに住まわせることが第一なので、父の入所のめどが立てば、母もその新しい施設に移動させます。

残念ですが、仕方がありません。

今は父の回復を家族で精いっぱいバックアップしていくつもりです。

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グループホームへの不信感

父が圧迫骨折したことを書きましたが、このことをきっかけに現在お世話になっているグループホームへの不信感が増大しました。

以前からいろいろと両親の不満は聞いていましたが、私と妹は「両親が二人で入所でき」、「部屋に閉じこもらずにいられる広々としたリビングがあり」、「(排尿・排便の困難のある二人にとっては)デイサービスのための移動の必要なく、体操やカラオケなどが楽しめる」という点でここを両親の終の棲家にと思っていましたので、何とかいいところを挙げて、半ば無理やり納得させてきました。

介護される人の人柄によっては、例えば「重いわあ」などとため息をつかれたり、何度も呼ばれることできつく叱られたりということもあったようです。

いろいろな点でのコダワリが強い母の場合は、横になるときのちょっとした体の角度などにも注文をつけますから、職員の方々には厄介な利用者であろうことは想像がつきます。

今回の圧迫骨折は、確かにやってはいけない母への介助を腰が悪い父がやってしまった、ということで、グループホーム(以下GH)側は「父の落ち度で起こった事故」という捉え方をしているのは明白です。

責任問題もあるのでしょうけれど、施設長や看護師さんから、繰り返し「あれほど言ったのにあんなことをするから」と言われました。

しかし、そもそも腰の悪い父が母の解除をせざるを得ない状況があったのです。

母は最近は頑張っていつもの「痛み」があっても、気を紛らわそうと、限界が来るまでリビングでトランプをしたり、カラオケをしたり、GHのプログラム(ほぼ毎日似たようなものだが)に頑張って参加しています。

しかし、毎日2~3時ごろから襲ってくる痛みが、4時ごろには耐えがたくなり、「ベッドに戻りたい」と職員さんに訴えます。

車いすでトイレを済ませてからベッドに行くのですが、何人かの職員さんは、ベッドに寝かせるとき、「これでいいですか?もっとこちらを向きますか?」などと聞いて下さいます。しかし、そうではない方も何人もいて、横になってから寝返りもうてない状況の母は、非常に難儀しています。

私たちがいれば、その微調整もしてあげられるのですが、そのことでもう一度ナースコールをするのもしにくいような、対応の職員さんだったそうです。

そこでやむなく父が不自由な体で母の介助をしてしまったと。

その後、腰椎の圧迫骨折で、きちんと固定をしなければならないのに、コルセットもいいかげんなもので、おまけに「動かさないと寝たきりになる」などとわけのわからない理論で、父をリビングの食卓まで歩いて来させようとしたり(実際、何度かむりやり食卓に座らされ、激痛でほとんど食べられなかったそうです)あろうことか、入浴までさせたのです。

私も妹も後日父からそのことを聞き、仰天しました。

おまけに、施設長は「お父さんは治そうというやる気がない。往診のY先生(内科)も『このままじっとしていたら寝たきりになる』と言っておられましたよ。娘さんたちからも言ってあげてください」と言います。

私たちも医師や看護師がいるという気の緩みがあったと思いますが、素人なりにもこの時期にそんなに動かしていいのかという疑問を感じましたし、そもそも父はだだをこねたり、大げさに痛がるような人ではないのです。

それが、入浴をした時以来、下半身のしびれが出てきたし、以前とは比べ物にならないほど痛いと言うのです。

「父があれほど痛がるのは、尋常ではありませんし、2か月ほど治るまでかかる、と病院で言われても、『自分は頑張って1か月で治す』とまで言っていたのです。とにかく、入浴した後からの痛がり方はひどいです。その原因がはっきりしない中で、動かせ動かせと言われても、私たちは怖くてそのようなことを勧められません。至急病院で画像を見てもらってください。新たに何かが起こっているのかもしれません」

施設長は夫婦なのですが、男性のほうはその言葉にも取り合わなかったのです。
奥さんが何とかその言葉を受け止め、病院に連絡をとるよう言ってくれましたが、この奥さんのほうが、他の新しい施設のてこいれで、ほとんど両親のGHに居ないのです。

いつもいるのはその男性のみ。この人は「介護」よりも「経営」に関心の強い人なのは最初からわかっていました。

父がみんなと同じ食事場所に行けないと、職員を増やさなければならないことが厭だったのでしょう。

せめて、部屋のベッドで座って食べるように言い、食事も運ばせてベッドテーブルに置いたら、職員もそのまま出ていくばかりです。(手を離せない人が何人もいるのに2人しか職員がいないので、確かに父に関わっているわけにはいかないでしょうけれど)妹が毎日行って食事介助するしかありませんでした。

しかし、仕事があって夕食のみしか行けません。朝や昼はどうなっていたのでしょう。おそらく私たちがその意見を言うまでは、「頑張って起き上がって自分で食べなさい」と言われ、誰も助けてくれない中、体を起こしていたのでしょう。

やっと連れて行ってもらえた整形外科のMRIの結果、新たにまた圧迫骨折を起こしている、とのことでした。

一回目は「父のせい」としていましたが、この2回目はどう考えても施設の対応のせいでしょう。

しかし、施設長の言い分は、全く驚くべき内容でした。

(長いので次の記事にします)


虫垂炎の痛みを感じなかった母

グループホームに入ってから、深夜や明け方の妹の呼び出しはさすがになくなりました。

しかし、入所してわずか2日で発熱、炎症反応のため入院。虫垂炎でした。緊急手術です。

以前からhokehoke先生がよく書いてくださっていましたが、本来痛いはずの場所の痛みを感じない、というのがまさにそうでした。

母の虫垂はほとんど腐っていて、あと少し遅ければ癒着を起こして腹膜炎になるところだったそうです。

おそらく精神科に入院していたころから炎症を起こしていたはずでしたが、当時は相変わらず会陰部の痛みしか訴えませんでした。

当時まだトラムセットとリリカを飲んでいて、それらの痛み止めが虫垂炎に作用していたのか・・・?

その後、一度実践医T先生のところに相談に行った時、「こういう炎症は体中に影響がありますから、それが取り除かれてから3~4か月で、何かいい変化があるかもしれませんね」と言われました。

確かに・・・手術直後はこれまでで一番陽性反応がきつかったです。看護師さんを怒らせ、それをまた逆恨みするという、わが親ながら怖くなるほどでした。

今から思えば、炎症を起こしたことで、体中に「毒」がまわり、脳の酸化→脳の神経伝達物質の異常を引き起こしていたのかもしれません。

このままではホームで預かってはもらえないという心配があり、グループホームの所長の反対を押し切って(ホームの往診医に診てもらうべきという考えでした)実践医に処方を書いてもらい、ウィンタミンでやっと落ち着きました。

それでも3か月ほどは体幹傾斜やよだれ、ろれつがまわらないなどの副作用が強く出ていましたが、お正月明けてからは人が変ったように穏やかになりました。

ウィンタミンの量は一時期朝25mg,夕25mgでしたが、夕方の分は今は無くしています。

痛みは相変わらずあるようで、それはパーキンソン症状の固縮が出てきた時と一致しています。

かといって抗パーキンソン薬は増やしたくない。

母の訴えでは、おそらく痛がっている部分が「こむらがえり」のような感じになっています。

グルタチオン注射が打てたら、きっといい影響があるのは間違いありません。

母も試してみたがっていますので、もう少し状態が良くなれば、実践医のところに連れて行き、その効果をもってグループホームの所長や往診医を説得したいと思っています。

その後の両親

またもや久々の更新です。

おまけにきらきら組の皆様にグルタチオンの舌下吸収タイプとクリームの効果をブログに書かせていただくといっておきながら・・・本当にすみません。

以前のブログの後、母は近所の訪問医の勧めで精神科に約3カ月入院しました。結果的にはお薬は少しは減らしてもらえたのですが、状況はあまり変わらず。

ただ、デイサービスすら拒否していた母が施設に入ることに抵抗を持たなくなりました。

妹や私のことを気遣っている面もあるのかもしれませんが、もう自分でも自宅で暮らすことに自信がなくなったようでした。

精神科の先生方の強い勧めで、とにかく今の状態では家に戻るのは難しい、施設に入って状況が良くなれば次のことを考えて、という話に心から納得したようでした。

母の入院前、父も精神的に参っていました。

母が父をひっきりなしに呼びつけ、世話をさせるのですが、父もパーキンソン症状が強く、母の思うようには動けません。

妹も日に何度も呼び出されていましたが、真夜中や明け方は父が対応していました。

母は父の介護に不満をぶつけ、父は睡眠障害もある中、ふらふらになりながら母の傍に座らされていました。

妹が到着すると、崩れるように眠りに就く、という感じでした。自分でも「ノイローゼや」と言っていました。

母が入院してからも、夜中に母の声が聞こえて飛び起きる、というくらいでした。

父の症状の悪化も母の入院の理由の一つでした。

本来、仲のいい両親です。退院後は、何とか一緒に暮らせるようにしてあげたい。

しかし、自宅では父と妹の負担が大きすぎる。

たくさんの施設を見学した結果、妹が介護を学んでいたときの知り合いの方が経営しているグループホームの話がありました。

そこなら実家から車で5分もかからないほどです。

ここなら状況が良くなれば外泊もできるだろうし、何より住み慣れた町にいるというだけで安心感があるだろう。

父が前立腺と糖尿で通う病院もすぐ近くだということ、2人が並んだ部屋で入所できるのもいい(これが後に問題になるのですが)ということ、責任者の女性のMさんのお人柄にも惹かれ、母の気に入りそうな内装(大きな吹き抜けリビングが山小屋風など)であること、ワンフロアの施設であることなどもあって、グループホームYに決めたのでした。

しかし、自宅介護とは違った難しさも多々あります。

またそのあたりも書いていこうと思います。

そして、グルタチオンですが、効果を試してみたかった父が、きらきら組の2日くらい前に母の移動を手伝って腰を痛めました。検査の結果、「圧迫骨折」。

入院せずホームで生活していましたが、またもや無理をして悪化させてしまい(ホームの問題もあり)グルタチオンは飲ませ続けていますが、効果はわからない状態です。

少しでも回復が早まるといいと思いますが・・・。

母は新しいものを導入すると、「アレのせいで悪くなった!」というタイプなので、慎重にしていました。

父の改善を見たら信用するかと思っていましたが、肝心の父が圧迫骨折の痛みで動けず、効果の確認ができません。

でも、先日私が行ったとき、「今なら話が入るかも」と思えるほど穏やかだったので(ウィンタミンのおかげか1月初めから人が変ったように落ち着きました)河野先生のブログの例などを見せ、グルタチオンの話をすると、「お母さんもそれ飲んでみる!」と言い出したのです。

実践医のT先生のところには遠くてまだ連れてはいけませんし、ホームの医師はT先生からの指示書なしでは絶対に新しいものは導入して下さらないので、とりあえず舌下吸収タイプで気長にいきます。

また報告させていただきます。

レビーフォーラムときらきら組

レビーフォーラム

(画像のコピーがうまくできませんでした)

私がいつもレビーのことを勉強させていただいているkuririnさんのブログ『薔薇と宝塚とキラキラが好き』に詳しい内容が載っています。

「アルツハイマー型に次いで多く、約2割を占めるレビー小体型認知症。「第二の認知症」といわれ、いまもっとも注目されている病気です。

ただ、市民はもちろん、医師やケア職にもまだ知られていないのが現状……。

そのため、在宅や医療現場、介護施設などにおいては、さまざまなことが問題になっています。

私たちがいま望むのは、多くの人に「知ってもらうこと」、そして「関心をもってもらうこと」です。



by 主催:レビーフォーラム実行委員会」(チラシからの抜粋)




もともとパーキンソン病と言われて、通院、服薬を続けていた母。

症状が悪くに従い、薬の種類や量が増えていき、ある日幻視が・・・。

おかしい、おかしいと思う中、インターネットで調べる中で出会った、kuririnさんに思い切ってメールさせていただいたのでした。

私と違ってしっかりと更新を続けられ、日々お義母さまの介護に励まれているご多忙なkuririnさんが下さったメールに、不安でたまらなかった私は涙が止まりませんでした。

そして、半ば絶望的だった私が、「ひょっとしたら、もとの母にもう一度会えるかもしれない」と希望を持つことができたのです。

実際、今は波はいろいろありますが、相談させていただいた当時の幻視はほぼありませんし(たまに私の息子たちの気配を感じる、といいます。小さいころ、よく面倒見てもらっていたからかと思います)痛みのない時間帯は昔とほぼ同じような話し方や動きができています。これはもう奇跡のようなものだと思います。

kuririnさんのおかげでコウノメソッドと出会い、河野先生のところで両親ともレビーの診断をいただき、実践医のご紹介も受けて、何とか今の状態があります。

あのまま神経内科医の治療を受けていたら・・・

レビーは実際は非常に多い認知症なのに、テレビや地域の認知症セミナーなどで扱われている知識では「認知症=アルツハイマー」のような印象を受けがちです。

最近でこそ少しずつ「レビー」の名称が出てくるようになりましたが・・・。

まだまだ医療や介護の関係者にも深くは知られていないのが現状かと思います。(実際、実家に来てくださっているケアマネさんやヘルパーさんにもあまり詳しい方はおられません)

多くの方に「レビー小体型認知症」を知っていただき、一人でも多くの方がもう一度、穏やかな暮らしに戻っていただければと願っています。

今日は「関西きらきら組」に出席します。

いつもさまざまな知恵や感動、発見のあるレビー小体型認知症の介護家族のおしゃべり会なのですが、今日は素晴らしいゲストの方のお話もうかがえるとのこと。

帰りには大きな勇気と気力がみなぎる会です。

また報告させていただきます。







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みずき

Author:みずき
高3・高1の息子を持つ、ワーキングマザーです。
レビー小体型認知症と診断された離れて暮らす両親を妹とともに見守っています。
両親は現在実家の近くのグループホームで暮らしています。

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